Masuk「キャルル丸ぅ、どうして棄権したですかぁ?」 ウミがキャルル丸のあごを撫でる。 キャルル丸は微妙な顔つきで頭を垂れた。「きゃるるぅ」「すまない、じゃないですよぉ? みんなが賭けに負けちゃったです!」「きゃ、きゃるー」「もぉー、これじゃあお金を投げたのと同じですぅ」「きゃ、きゃるるぅ……」「私はキャルル丸が勝てるように、キャルル丸にヴァルを与えて、レベルを上げたんですよぉ?」「きゃるぅ」「すまん、じゃないですよ、もう!」「きゃ、きゃるるぅ」「キャルル丸、そんなにエリザさんが好きなんですかぁ?」「きゃるる!」 アランクルスの円形闘技場前では、キャルル丸の反省会が行われていた。 太陽が西に傾いてきている。涼やかな風が吹いており、ウミの髪がゆらゆらとなびいていた。 NPCの子供たちが走り回っており、鬼ごっこをしているようだった。男の子が「ここまでおいでよー」と叫んで逃げて行く。女の子が「待って待って」と言って追いかけていた。出入り口の両脇では、料理人が調理をしている。上質な肉が豪快に焼かれていた。香ばしい匂いが漂ってきている。 地面にはたくさんの丸テーブルが出されており、肉料理を中心とした豪華な品物が並んでいた。グラスオースのメンバーは椅子に座っており、食事をしていた。だけどみんなのテンションは低い。キャルル丸が決勝戦を棄権したからだった。キャルル丸とウミだけは立っており、ウミがキャルル丸にお説教をしている。キャルル丸の背後にはエリザもいた。 椅子に座っているニキがみんなに頭を下げる。「みんな、ごめんさっ! キャルル丸が負けちゃったよ。キャルル丸に代わって、主人の俺っちが謝らせて欲しい!」 トウマがあごを手で撫でる。「ふむ、仕方無いだろうな。これは」「仕方無く無いわよ! 戦って負けたのなら分かるけれど、棄権って何?」 ベルフラウはぷんぷんと怒っている。 その肩にトウマが手を置く。「そう言うな、ベルフラウ。勝負には負けたが、キャルル丸には晴れて恋人ができたんだ。これは喜ばしいことだ」「だけどダーリン。50万ヴァルの大金が無くなったのよ? みんなの分を合わせれば350万ヴァルよ? あたしたちのお金が、パーになっちゃったわ」「……そうだな」 トウマが顔を曇らせる。 アイギスがしゅんとした表情でつぶやいた。「でも、キャル
「キャルル丸ーん、あたいに勝ちを譲ってくれないかしら?」 エリザがとろけるような甘い声を響かせた。 キャルル丸の額から汗が垂れる。「きゃ、きゃる……」(ど、どうすれば……) 乗り物コロシアムの決勝戦だった。 試合場の地面の上、キャルル丸とエリザは一定の距離を置いて対峙している。キャルル丸の体は竜に戻っていた。 観客たちの声援は今までで一番大きかった。NPCの子供たちが興奮した様子でフェンスを掴んでいる。子供たちは口をいっぱいに開けて「頑張れー!」と叫んでいた。 空の太陽は傾いてきている。雲一つない青空があった。青空をぐるりと回るようにトンビが泳いでいる。ピーヒョロロと鳴き声を上げた。:キャルル丸! 絶対に勝ってくれよな!:お前に50万ヴァルをぶっぱしてるんだぞ!:キャルル丸ちゃん、頑張れー! キャルル丸は首をぶんぶんと振った。申し訳なさそうな顔つきでエリザに告げる。「きゃるるぅ」(エリザよ、勝負をするぞ)「勝負をするって、キャルル丸、貴方まさか、あたいを殺すつもりなのかしら?」「きゃる……」(そ、それは……) エリザがどうしてか頬をそめて、照れくさそうに述べた。「キャルル丸、さっきの貴方の戦いはちょっと格好良かったわ。見惚れちゃったもの。もしも勝ちを譲ってくれるのなら、あたいがつき合ってあげなくもないけれど?」「きゃるる!?」(我とつき合ってくれるのか!?) エリザが地面を足で踏み鳴らす。「そうよ、どうする?」「きゃるるぅっ」(つ、つき合ってくれ、エリザ!)「仕方ないわねえ、分かったわ。じゃあ、棄権してよね」 観客席は大ブーイングだった。エリザに向けてやじが飛んでいる。 キャルル丸の仲間たちの声も聞こえた。「何をやってるさ! 戦わなきゃダメだろ!」とニキ。「勝ってヴァルを稼げ」とトウマ。「口車に乗っちゃダメ!」とベルフラウ。「きっと罠ですよぉ!」とウミ。「エリザ、キャルル丸に話しかけるな!」とアイギス。「みんなが勝ちを願っているよ!」と晴恋。 キャルル丸は俯いて首を振る。(……どうすればいいのだ) エリザが畳みかけるように声をかける。「ほら、キャルル丸。棄権しなさい」「きゃ、きゃるる、きゃるるぅ」(え、エリザよ。我は仲間たちに優勝を期待されていてな)「そんなの知らないわよ。キャルル丸、あたいとの
「これで終わりだ!」 こちらに向かってテレサが走って来ている。テレサにまたがっている黒騎士が槍を振り上げた。トドメの一撃を繰り出すつもりのようだ。キャルル丸の心を絶望がむしばむ。 夜月しか勝たん:テレサは最高のダークホースですよw キャルル丸の世話係:動いてキャルル丸! 溶けた50万:……死んだな。 地面に転がっているキャルル丸が顔を上げる。 残りHPはあと一メモリだった。 口の中に土が入ってしまったようで、じゃりじゃりとした。(ちくしょう、死んでしまう) その時キャルル丸の脳裏に浮かんだのは、 どうしてかニキの顔であり。「キャルル丸、立てよっ!」 観客席から、主人の声が大きく響き渡った。 こんな自分を心から愛してくれた。 時には叱ってくれて、 時には慰めてくれた。 いつも隣にいてくれる存在。 優しい、 優しい主人。 彼の期待に応えたい。 テレサの姿が眼前にあった。馬上の黒騎士がキャルル丸に向けて槍を振り下ろす。(動け、我の身体!) 動け! キャルル丸の顔が勇敢に引き締まった。「キャルルアアアッ!」(ルミナスウイングッ!) キャルル丸の背中に白く輝く翼が広がる。勢いよく飛び立った。敵の槍を回避して、素早く移動する。テレサの後ろに降り立った。 黒騎士の槍が空を切り裂く。 テレサがつまらなさそうな態度で身体を旋回させた。「貧血のキャルル丸よ、まだそんな力が残っていたか」 キャルル丸はぜいぜいと息をついていた。 やがて、背中のルミナスウイングが消える。 目を尖らせてにらみつけた。「きゃるるっ」(我は、我は負ける訳にはいかないのだ)「ぶははっ、強がりは口だけにしておけよ。お前はあと一撃で死ぬ」「きゃるるっ」
「ぶるるぅ」(キャルル丸、お前を食ってやる)「きゃるるぅ」(我を食うだと?) 円形闘技場の試合場では、もう一つの準決勝が行われていた。 キャルル丸とテレサが一定の距離を置いて、にらみ合っている。お互いに油断の無い顔つきだ。目の前のテレサの鼻の穴がやけにでかい。かなり下品な顔立ちだとキャルル丸は思った。その鼻の穴がせせら笑うようにひくひくと動いている。:どっちが勝つんだろ。:夜月さんのテレサが負けるはずがない!:キャルル丸ちゃん、黒馬をやっつけちゃえ! 観客席からは仲間たちの応援の声が響いていた。だけどその声は、キャルル丸の耳に残らない。耳に入るのはどうしてか、エリザの声だけだった。 エリザが声援を放つ。「キャルル丸! 頑張りなさいよ!」「きゃるる!」(任せておけ、エリザ!) 先ほどの試合でエリザはクロガネを八つ裂きにしていた。胸がすく思いだった。エリザはクロガネのことを好きでは無かったのである。これで自分にも可能性ができた。この試合で、格好良いところを見せつけなければいけない。(エリザをメロメロにしてやる!) その時、テレサが唱えた。「ぶるる」(ステータスオープン) 黒馬の眼前に、水色の画面が現われる。「……きゃるる」(お前、何をするつもりだ?)「ぶるるぅ」(実はな。お前にプレゼントをやろう) テレサは口を上手に使い、アイテム欄から大きな木の実をくわえて取りだした。地面に木の実をぼとりと落とす。 キャルル丸は鼻筋にしわを寄せて尋ねた。「きゃるる?」(それは何だ?)「ぶるるるぅっ」(これは知恵の実と言ってな。食べれば、乗り物でも人語を話せるようになるアイテムだ)「きゃるっ?」(な、何だと? くれるのか?)「ぶひゅるるっ」(ああ、キャルル丸。お前にやるぞ。さあ、こっちへ来い)「きゃるー」(くそっ、どうせ罠だろうが)「ぶっひゅるるー」(罠じゃない
準決勝のゴングが鳴る。 円形試合場の地面の上、エリザとクロガネはにらみ合っていた。「ねえクロガネ様ん、いっぱいサービスしたんだから、勝利を譲ってくれないかしら?」「……きしゅーっ」(……いいぞ、こっちへ来い) クロガネが割れた舌をちろちろと出し入れする。 気味が悪かった。(……こっちへ来いって、どういうことよ) ピンク色の竜と黒い大蛇の間には、ただならぬ緊張感が流れている。 ちなみに、エリザは配信をしていない。 観客たちは固唾を飲んで見つめていた。右斜め上にはキャルル丸の姿も見えた。フェンスの前で、エリザとクロガネの試合を注視している。 エリザがまた喋った。「クロガネ様、こっちへ来いってどういうことん? 棄権して欲しいのだけれど」「きしゅーっ、きしゅぅぅ」(分かった、棄権してやろう。こっちへ来い)「その場で棄権を宣言すればいいんじゃないかしら?」「きしゃー、きしゅぅぅ」(ちょっと喉が痛えんだ。エリザ、喉をさすってくれ)「喉が痛い? ……分かったわ」 エリザが歩き出す。どしどしと足音が鳴った。 太陽はちょうど空の真上にあった。日差しが地面をじりじりと照りつけている。草一つ生えていない黄土色だった。いくつもの試合が行われたせいで、地面はところどころ荒れている。壁にも壊れている箇所があった。 エリザはクロガネに近づくと右手を伸ばした。その手にはスカーレットクローがはまっている。エリザは困ったようにこぼした。「クロガネ様ん、爪があって、お喉を上手に撫でられないわ」「きしゅー」(では、爪をはずしたらどうだ?)「ダメよ。一人じゃはずせないわ」「……きしゅぅぅ」(そうかそうか) 観客席からキャルル丸の鋭い声が飛んだ。「きゃるるぅっ」(エリザ、罠だ!)
人気SNSサイトZeebにて、ユーザー名『アランクルスの裁縫職人晴恋』はゲームのスキンカードを売っていた。 Aランク、白銀の騎士団長、45万ヴァル。 Bランク、レザーで編まれた軽装鎧、20万ヴァル。 Cランク、カジュアルジャケット&ジーンズ、10万ヴァル。 スキンは男女兼用だった。 下着もある。 Aランク、プリンセスズシークレット、50万ヴァル。 Bランク、ハッピーバレンタイン、30万ヴァル。 購入希望者はDMにて、お待ちしております。 いま、準決勝戦前の休憩だった。長引いた試合がいくつかあり、12時を回っている。 静岡のログネストで、晴夏は昼食を摂りながらスマホをいじっていた。狭いマットルームである。室内は冷房が効いており、涼しかった。注文したスジコおにぎりと唐揚げ、シーザーサラダをつまみながらスマホをいじる。開いているZeebのマイページには、今日もお客さんからのDMが来ている。お客さんは二人いて、一人目はレザーで編まれた軽装鎧、二人目はハッピーバレンタインを欲しいようだ。(くぷぷ、また売れました) 晴夏は文字を打つ。取引の約束と、待ち合わせの時間と場所を尋ねる文章を作って返信した。 二つ合わせて50万ヴァルの売値だ。だけど儲けは50万ヴァルでは無い。裁縫のミニゲームに挑戦するための素材費用が高いせいだった。 それでもかなりの儲けが出ている。 ゲーム内の晴夏のレベルは、この間30を越えた。20レベルから30レベルに上がるためには1200万ヴァルほどかかることが判明した。30レベルになったことにより、超越スキル、ダークナイトを覚えている。この事は、みんなにはまだ秘密にしてある。(くぷぷぷ、もっともっと稼ぎたいです) 以前に撮った、お客さんがスキンを着て笑顔でピースをしている写真があった。その写真をアップロードして、Zeebに投稿する。掲載許可はもらってある。お買い上げ誠にありがとうございます、とコメントを添えた。 今夜もニキと別れた後で、宿屋に行かなければいけな
森の道へと入った。 木の葉からこぼれる太陽の日ざし。茶色い小鳥が木枝から飛び立った。落ち葉の多い地面。空気は澄んでおり、森林浴にはもってこいだ。 森の奥へとウミはどこまでも逃げて行く。その背中をテラーウルフが追いかける。そのまた後ろをトウマが追跡するという構図だ。 可愛いは正義勢:ウミちゃん逃げて! 古参ニキ:死んだと思ったらまだ生きてる。 開けた大地にたどり着くとトウマは唱えた。安っぽい木の杖を構える。 「グラヴィティライン」 トウマの杖から青黒いロープが伸びた。テラーウルフの足に巻き付いて拘束する。 「がうばうっ!」 走っていたテラーウルフは前のめりに
草原の中心に、黒い渦を巻いてテラーウルフが出現する。残忍な顔つき、漆黒の体毛、巨大な白い牙。その圧倒的な存在感に、トウマの背筋から冷や汗が伝った。 テラーウルフが高々と吠える。 「ガアルルルゥゥッ!」 ドンと音がして空中に文字が表示された。 ――クエスト、テラーウルフの撃破 「ボスだ、逃げろ!」「俺は死ぬ訳に行かないんだー!」「私はせっかくレベル3に上がったんだからね!」 ウミがすぐに反応した。その表情は恐怖に彩られており、モフモフとした尻尾がピンと立っている。勢いよくこちらを振り向いた。 「ご主人様、どうすれば!?」「ウミ、動くな」 トウマは状況を冷静に分析する
村の北出口から外へと出る。 草原地帯があった。ところどころには岩がある。そこにいる魔物はフェアウルフの一種類。灰色の毛並みをした狼であり鋭い牙を誇っている。大型犬ほどのサイズだ。 狩りをしているプレイヤー数は多く、必死の形相でモンスターと戦っていた。 「俺の、俺の宿代をー!」「私はまだ朝食も食べていないんだからね!」「や、やべえやべえ、こいつら強えぞ!」 トウマは顔をしかめた。このゲームのプレイヤーはみんな無職なのだろうか? 分からない。(そう言えば、俺も朝食を食っていない) ドンと音がして、頭上に文字が表示された。 ――クエスト、フェアウルフの撃破 隣にいるウミ
村の広場。 トウマたちは木製のベンチに並んで腰掛けていた。 ゲーム内は昼間であり太陽が出ている。近くにある桜の木が花々を満開に咲き誇らせていた。そよ風が吹いて、花びらがチラチラと地面を舞う。木枝が揺れる音がした。 大きめの梅おにぎりを、ウミが両手で持ってむしゃむしゃと食べている。モフモフと尻尾を振っており、ご機嫌のようだ。満面の笑みを浮かべている。 「美味しいですぅ、美味しいですぅ」「そりゃあ良かった」「ご主人様、ありがとうございます」「味わって食えよ」 梅おにぎり、200ヴァル。 道具屋で買ってきたものだった。手痛い出費である。 トウマは広場の光景を眺めた。中心には噴







